◎【復刊】「新装版 人生の悲劇は「よい子」に始まる」「新装版 愛されなかった時どう生きるか」2019年8月3日発売

人は母体の中にいるときには完全な保護のもとにありますが、その楽園は終わり、母親から分離し、次に個性化への道を歩きはじめます。

この個性化が進展すると無意識の領域に「孤独と不安」が生じてきます。

 自分は一人ではやって行かれない不安から逃げた迎合的性格になる人は多いし、それで「いい顔依存症」になる人もいます。アルコール依存症の人はアルコールを飲まないではいられませんが、「いい顔依存症」はいい顔をしなければ居られない心理状態です。

 つまり個性を投げ捨てて服従することが安心えの道で、その道を歩く人が多いのが現代です。

 しかしそれは「自分自身の強さと統一性の放棄」につながります。

 そして自分が重要な存在とは感じられなくなります。

 その結果嫌われるのが恐い。その嫌われる恐怖感は日々の行動で強化されていきます。

 そして誰にでもいい顔をするようになり、その嫌われたくないは、現代のペストになって居るます。

 無力と依存性は人間の宿命です。

 必要とされる勇気は「個性化の道を歩く勇気」です。必要なのは不安に打ち勝つ勇気です。

 その結果人格が統合されて、気持ちが楽になり、自分のするべきことも理解出来、意味ある人生が送れる。

 このことをわかりやすく書いたのが『愛されなかった時どう生きるか』『人生の悲劇は良い子に始まる』です。

『愛されなかった時どう生きるか』『人生の悲劇は良い子に始まる』は「個性を投げ捨てて服従」するという意味です。

 「個性を投げ捨てて服従」するのが「良い子」という意味で書きました。

 自分は一人ではやって行かれない不安から逃げた迎合的性格という意味が「良い子」です。

 誰にでもいい顔は現代のペストですが、そのことを若い頃の時代の言葉で書いたものです。

 若い頃書いたものですが、人間の生きる本質を書きたいと思いました。

 個性を投げ捨てて服従し、良い子として社会的に適応するが、「自分自身の強さと統一性の放棄」しているので、自分が重要な存在とは感じられなくなる。

 だから嫌われるのが恐い。自分自身で自我の確認ができない。

 ロロ・メイが「自己の内なる力を失う時に、どの様に恐ろしいことが起きるか?」と書いていますが、このことを書いたものです。

 歴史上では以下のような恐ろしいことが起きています。ヒトラー政権のヒムラーは、父親に、次にはヒトラーに服従し、完全な「良い子」として生きて、ユダヤ人殺害をした。力、支配を求めて無力感からサディズムになった。殺しても、殺しても満たされない彼は1、500万人とも、2、000万人ともいわれる人を殺した。

『愛されなかった時どう生きるか』の趣旨は、厳しい環境の中でどう生きるかを考えました。『人生の悲劇は良い子に始まる』と同じで、人間が不可避的に背負う「孤独と不安」に負けてはいけないということすが、自立を「拒絶と頑固」という形で「自立している積もり」になっている人がいます。

 この本の主張は、自立はあくまでも「人との関わりの中で自立する」ということで、自立は反抗ではないということです。

 今回の2冊の本のテーマである「人はいかに自我の確立をするか」は人類普遍のテーマだと信じています。