[年頭所感] 2017年

昨年の世界は 一口に言えば「成長を拒否する世界」であった。イギリスはEU離脱ではなく、連帯感を持った民主主義価値観の世界からの離脱である。共通の価値観を持った世界からの離脱である。イギリスのEU離脱は経済的意味だけではない。EUは能動的市民と言う新しい民主主義的人間を目指していた。能動的市民社会性「註、active citizenship」は、EUの共通理念である。グローバル化の副作用を中和するには社会的包摂が不可欠だとも解される。グローバリズム化すれば、そこに社会から取り残される人々が出てくる。そこで能動的市民社会性は、グローバル化時代における最も重要な政策理念の一つとなっている。イギリスのEU離脱は、そのEU的な政治理念の挫折である。

アメリカに目を向けると、トランプの唯一の信念は、経済的利益の哲学であり、今までの民主主義的価値観の否定である。トランプに権力への意志はあるが、意味への意志がない。人間の精神性が失われつつあることを示しいている危険な現象である。トランプ現象は、世界が矛盾を解決しようとする試みの挫折である。今までの民主主義的価値観の否定。民主主義的人間の否定。彼の哲学は、否定の哲学である。おそらくトランプは心理的には心の底で自分に絶望している。

アメリカ独立を書いたエマソンが「コンコルド賛歌」で、「一ッ発の銃声が世界を変えた」といった。その言葉を借りれば、トランプの絶望が世界を変えた。アメリカ・ファーストだけに反応し、世界に責任を持たなくなっている。世界に何らの連帯感や義務感を持たない。トランプには、EU統合の時のような政策目標の中核的理念が見えない。いかにして人間が救済されるかの哲学がない。租税回避など今こそ国際協調が必要な時代である。それが逆行している。

アメリカが歴史上始めて楽観主義から悲観主義に変わった。トランプという心理的な重病人が世界のリーダーになってしまった。神経症と精神的健康の基準は社会とは無関係です。「註、George Weinberg, The Pliant Animal」「疎外された世界の範疇では、健康だと考えられている人間自体が、人間主義の立場から見れば重病人だと思われるのだ。」「註、Erich Fromm, the Sane Society」今の世界の現象は、人間の精神性が失われつつあることを示しいている危険な現象である。アノミー人間は、「世界とのつながりをもぎ取られてしまった人、何らの基準をもたず、ただ不統一な衝動をもつだけの人」である。

トランプ現象に続く現象は、今の世界は自らの矛盾を解決しようとする試みが次々に挫折していることを示している。その原因は人間の退行欲求である。

この恐ろしいほどの富の偏在を作ったのも、富裕層の退行欲求でしかない。生きて居ることに意味を感じていれば、これほど愚かな富を築かない。もっとまともな生き方をしている。Tax Heaven等は、富める者の絶望感を表す以外の何物でもない。強迫的に富を追求した人々の隠された真の動機は、「自分達の人生には意味がない」と言う恐怖から眼を背けることである。今反発される既成の政治を作った人も、反発している人たちと同じ動機である。

今の世界は、分断とか格差とか表面的なことに気を奪われているが、本質的なことは人々がコミュニケーション出来なくなったことである。富める者も、貧しい者も生きる意味が分からなくなったことである。富める者は生きている意味を見失って、自らの無意味感から目を背けようと強迫的に富を求める。富を得ても得ても心の乾きはますばかり。貧しい人々はコミュニケーション能力を失って生きて居る意味を見失った。しかし絶望は新しい世界への入り口である。今年こそは希望の年でありますように。