加藤諦三の言葉 第87回 [2002/09/19]

結婚で愛は確かめられない
終わる愛終わらない愛 (P.71-P.72)
(大和書房)

 人びとが結婚によって愛を確かめようとするのは、自分たちの愛に自信がないからだ。
 現代人が愛に傷つかないのは、なによりも深く愛していないからである。人びとは深く愛すれば、必ず愛の悲劇を体験するにちがいない。
 神がいないとわかっても、神がいるように振る舞っていかなければ生きていかれない人は多い。同じように、愛がなくても愛があるように振る舞っていかなければ、生きていかれない女の人が多い。そして、それが結婚というのもなのである。結婚は、そうしたよそおいを完全に果たしてくれる。
 たとえ愛しあっていなくても、こうした形が愛であると教われば、人びとはそのように振る舞うことによって愛しあっていると錯覚し、安心する。若い娘のなかには、結婚するために、いままで育てられてきたような人がいる。親の気持ちは娘に伝わり、彼女は結婚するただその日一日のために、それより以前の全青春を使う。



苦しみと戦っている時、人は美しい
終わる愛終わらない愛 (P.86-P.87)
(大和書房)

 人間の美しさとは苦しみと戦っている時にあらわれるのではなかろうか。主婦よりも時に愛人が美しいのはそのためである。ところがその美しい愛人も、主婦の座にとってかわったら、きっと普通の主婦のようになる時がくるだろう。
 妻子を捨てて一緒になった女がいたとする。おそらく何年かして、その女の寝ている姿を見て男は感じるにちがいない。俺はどうしてこんな女のために妻子を捨てたのだろうか、と。
 彼女が美しかったのは彼女が愛人である時、悩み苦しみ傷つき、それにもかかわらず力強く生きていこうとしていたからである。その彼女の心の悩みとの必死の戦いこそ彼女を美しいものにしていたのである。だが、人間をもっとも美しくする条件は同時に人間をもっとも醜くする条件でもある。不安定さのなかで必死に戦っている時、人間はもっとも美しい。しかし、その不安定さに耐えられなくなって堕落の安定に走ることもある。そこに居直った時である。人間が堕落するのは、そこに安定があるからである。



ピーターパン人間の二面性
終わる愛終わらない愛 (P.130-P.131)
(大和書房)

 たしかに大人になれない男は、やさしいところがある。しかし、それ故に、彼らは小さい頃から敏感に傷ついてきた。そして『ピーターパン症候群』の著者ダンカイリーが言うように、彼らは傷つきやすい故に傷つきそうだと感じると、反射的な冷淡さで物事に対応する。そしてこの二面性こそピーターパン人間を愛するものが傷つけられるところだと、彼は言う。
 女はこの冷酷であるが、どこかやさしいというピーターパン人間の二面性故に、大人になれない情緒未成熟な男を振り切れず、日常性の重みに負けていく。そして「夫が相手ときっぱり手を切る方法」を教えてくれと魔法の杖を求めて、その生涯を浪費する。日常生活を変える魔法の杖はない。そこで愛人と夫と奥さんという三角関係の生活が続く。


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