加藤諦三の言葉 第42回 [2001/08/26]

マゾヒズムの表われ
「つらい努力」と「背伸びの心理」 (P.39)
(大和書房)

もっともっと、という強迫性はマゾヒズムの表われではなかろうか。仕事をしていても、もっともっとしなければと内面から急きたてられる人、つまり仕事で疲れても休養できないという執着性格者、逆に休養していても、もっともっと完全に休養をとらなければと頑張ってしまう人、財産を持っていても、もっともっとと内面から急かされて強迫的に富を求めて常軌を逸して働く人、名誉を得て得ていても、もっともっとと強迫的にさらに偉大な名誉を求めて体を壊すまで自分を痛めつける人。それらの人はマゾヒストなのではなかろうか。もうこれでいいと自分に納得させようとしても、その人の心は納得しない。無意識にある何かがその人を急きたてる。そうしまいと本人が意志しても、そうせざるを得ない。



自分を忘れることが大切である
「つらい努力」と「背伸びの心理」 (P.46-P.47)
(大和書房)

不安神経症の人は自分を観察し過ぎるという。ただなんのために自分を観察するかということについては、どの本もあまり書いていないような気がする。それは自分が相手の期待にかなう存在であるかどうかを点検するためである。つまり、自分が「こう」ならなければ嫌われると勝手に思い込み、その「こう」にいま自分がなっているかどうかを観察し点検するということではなかろうか。
 「われわれが自分の不安から自由になれるのは、自己観察やまして自己反省によってではなく……自己放棄によって」(フランクル『神経症』)と、フランクルは自分に注意し過ぎることより自分を忘れることのほうがはるかに大切だと述べているが、私もその通りであると思う。



失敗にこだわればいきていけない
「つらい努力」と「背伸びの心理」 (P.68)
(大和書房)

人は成功するときもあれば、失敗するときもある。一つ一つの失敗にいつまでもこだわっていたら生きていけない。しかし、燃えつきる人間はつねに成功に次ぐ成功でないと気持ちが治まらない。そこでつねに成功しなければと、ストレスが強い。それは逆に言えば、失敗に耐える力がないということでもある。失敗したときに失敗の受へ入れ、それを積極的に処理しようとする人が強い人なのである。この人生で幸運に次ぐ幸運などということはない。幸運な時もあれば、不運なときもある。 仕事をしていれば成功するときもあるし、失敗することもある。利益をあげるときもあるし、損失を出すときもある。同じ会社の中でも利益をあげる部門もあれば、損失を出す部門もある。
現実の人生において、「いつでもどこでも」成功するなどというのは非現実的な要求である。燃えつき人間は、その非現実的な要求を自分に課しているのである。


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