加藤諦三の言葉 第38回 [2001/07/23]

努力して待つ
20代の私をささえた言葉 (P.25-26)
(大和書房)

 待ってみることは大切だ。このことが青年には欠けている。すぐに効果を期待する。辛抱づよく待つことだ。そしてさらに大切なのはただ待つのではなく、活動して待つことだ。黙ってただよくなることを待っていても、事態は好転しない。努力して待って、はじめて待つ価値があるのだ。
 当然だろう。大学に落ちたからといって、ただ一年待ったとて合格するわけがない。ふられたからといって、ただ苦しみに耐えているだけではいつになっても人生はひらけてこない。
 自分がふられるだけの魅力しかない人間であったということを反省して、発奮して生きて人生はひらけてくる。あるいは、ふった相手の方がわるい場合でも、自分は、あんな人間に恋をしたのだ、自分がもっとしっかりしていれば、あんな人間のとりこになることはなかった。そうだ、もっとしっかりして、本当に価値あるものに目ざめて生きていこう、と決心しなければ人生は決してひらけてこない。



英雄とはどんな人か
20代の私をささえた言葉 (P.31-32)
(大和書房)

 英雄とはふられてしょんぼりして陰気になったり、ヤケをおこしたり、もう人を信じないなどといってひなくれたりしないで、ナニクソと思ってがんばる人なのだ。
 ころんでもただじゃ起きない。私はこのことからなにかをつかもう。ああ、こうなってよかった、と将来思えるような生活を、今から始める。そうした生活を自分でつくる。それが英雄だ。どんなに苦しくても、前に向かって一歩々々歩くのだ。それが英雄だ。
 恋も失恋も、どちらも若者の成長にプラスになる。いや、自分の力でそれをプラスにしなければならない。そしてまた大切なことは、失恋をおそれては真の恋はできないのだ。
 英雄とは、あいつにふられたためにこんなにいい人と逢えた、というまで戦う人だ。英雄とは、貧乏をしたおかげで、こんなにいろんなことがわかった、というまで戦う人だ。
 英雄とは、失敗してよかった、と思う人だ。つまり、失敗から何かをつかんで立ち上がる人だ。



理想はわれわれ自身の中にある
20代の私をささえた言葉 (P.38-39)
(大和書房)

 理想はわれわれ自身の中にある、ということは現代でも多くの若者は認める。しかし、理想の達成をはばむもろもろの障害もまた、われわれ自身のなかにあるのだ、ということを認めない若者がふえてきた。
 たとえば、資本家はわるい、お金持ちはわるい、という。だが、働かないで生活している人々は、生き甲斐があるか。決して生き甲斐などもっていない。
 生き甲斐とは自己の鍛錬だ、自己の向上だ、労働だ。生き甲斐をもっていきている資本家とは、社会のために働いている人だ。
 お金を貯めることなどではなく、今あるお金を社会のために有意義に使い、活動している資本家は生き甲斐をもっている。社会に害をおよぼす資本家とは、お金をただ自己のためにのみ使う人だ。お金の力だけで何かをしようとする人だ。
 何でも社会のせいにする青年は、社会がどのように変わっても生き甲斐ある人生など送れない。要するに、ウルフの言うノイローゼ患者と同じなのだ。


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