加藤諦三の言葉 第34回 [2001/06/22]

自分の注意が過程に向かえば、妬みはなくなる
妬まずにはいられない (P.202)
(PHP研究所)

 カレン・ホルナイによると、自己蔑視の結果は強迫的比較であると言う。自己蔑視した人は結果ぱかり見ている人達である。過程を見れぱ自分を軽蔑する必要のないことは沢山ある。
 Keeping an eye on the process
 あなたの眼をいつも過程に向けていなさい。これは大切なことである。シーベリーが注意に注意せよと言った。自分の注意が今どこにいっているかで、人は不幸になったり幸福を感じたりするという意味である。自分の注意が今結果だけにいっていないか、その点を注意することである。そして自分の注意がいつも過程にあるようにすることが、人生を快適に過ごすために守るべき原則である。
 先の英文の後に続いている文は次のようである。
 Keeps us from disparaging ourselves.
 注意を過程に向けることで、自分をさげすむことをしなくなる。disparageとはさげすむこと、みくぴること、非難することである。達成されたものの過程に眼を向けていれば、他人によって達成されたものに圧倒されて何となく惨めになるなどということもないであろう。他人によって達成されたものの過程に眼を向けていれぱ、自分も自分の領域で頑張るぞという気持ちにこそなれ、妬んだりすることはないに違いない。



自分に嘘をついている人
「せつなさ」の心理 (P.19-P.20)
(大和書房)

 社会的に成功しながら、なんとなく自信のない人がいる。指導力においてどことなく欠ける。決断ができない。いつも緊張していて、人と親しくできない。あるいはいつも刺激を求めて落ち着きがない。外から見ると何でもないようであるが、実はそのような人は心の底では怒りや不安や葛藤が渦巻いて、心理的に混乱しているのである。本人は自分の中の実際の感情を意識するのが怖い。たとえば、親に対して憎しみを持っている。しかし、その憎しみを意識するのが怖い。本人に「お父さんが好きですか?」と聞けば、「私は父親を好きです」と言う。しかし、それを言うときにどことなく不安を感じさせる。声に張りがない。あるいはヒステリックに好きであることを強調する。要するに、彼は「好きです」ということを言うときに居心地が悪いのである。見る人が見ると、「この人、自分に嘘をついているな」ということが分かる。本当のことが怖いから自分に嘘をつく。それが抑圧である。



八方美人の心理構造
「せつなさ」の心理 (P.33-P.34)
(大和書房)

 恋人を失う、夢を失う、若さを失う、人間は生きてゆくうえでさまざまな愛の対象を失う。それを心理学用語で「対象喪失」という。それは耐えがたいことではあるが、生きてゆくうえで避けることのできないものであろう。まさに人生は出会いと別れなのである。八方美人の人は対象喪失に耐えられない人とも言える。ありのままの自分を愛してくれないのなら、愛さないでくださいというようなことがよく言われる。友人についてももちろん、実際の自分を見て去ってゆくなら、そのような人とは早く別れたほうがいい。実際の自分とつき合ってくれる、実際の自分を愛してくれる、そのような人との人間関係こそまさに真の関係なのである。神経症者は際限もなくすべての人に好かれようとする。一度得たわずかな心の交流にしがみつく。それは喪失しているものにしがみつく態度である。喪失を受け入れられないでいる態度である。実際にはないものをあると思い込もうとしている態度である。それは喪失を否定する心の姿勢である。彼らはすでに人の心を失っている。それを認められず、自分を偽って対象喪失をなんとか取り返そうとしているのである。その否定の心理過程の中で怒りを感じているにちがいない。たとえば、恋人に裏切られる。その人は傷つき、怒る。



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