加藤諦三の言葉 第28回 [2001/05/08]

自分が自分を好きになり正直に生きることである
人を動かすための手っ取り早くて確実な方法 (P.110)
(PHP研究所)

 ところでどのような人が自分の美点に気がつきにくいのであろうか? それは視野の狭い人である。あるいは一つの価値観に縛られている人と言ったらよいかもしれない。自由に自然に物事を考えられない人である。
 例えば大企業のサラリーマンの方が、中小企業のサラリーマンより偉いというような価値の序列をする人がいる。そういう人は自分の持ち味とか美点に気がつかない。あるいは自分の持ち味に自信を持てない。学生時代に数学のできる生徒の方が、絵や工作のうまい自分よりも優れた人のように感じていた人は、サラリーマンになっても自分の持ち味とか美点に気がつかなかったり、自分の持ち味とか美点に自信を持てない。
 学校の教科の試験と創造性とはあまり関係ないと心の底から思えない人がいる。そういう人は自分の持ち味とか美点に気がつかないことが多い。劣等感から自分を守ろうとするからである。
 逆に言えば自分の持ち味とか美点に気がつき、自分に自信のある人は価値の序列をしない。したがって他人の持ち味とか美点も認めることができる。学校の教科の試験と創造性とはあまり関係ないと心の底から思いながら、それはそれとして認める。したがって〔学校の教科の試験などくだらない〕とか、〔社会で出世するのなんかくだらない〕とか虚勢を張る必要はない。学校の教科の試験の成績は成績としての意味を認める。会社で出世することの価値をそれとして受け入れる。自分がそうでなくても、それはそれで〔素晴らしいね〕と素直に認めることができる。自分の持ち味に気がつき、自信のある人は他人の持ち味を素直に認めることができる。他人の美点が自分の価値を脅かさない。



頼みごとの成功率を高める“お膳立て”のテクニック
人を動かすための手っ取り早くて確実な方法 (P.167)
(PHP研究所)

 人は弱点があっても愛される。そのことが理解できていない人が劣等感に苦しめられている人である。自分が自分を好きだと、人が自分よりいいものを着ているとか、自分より先に出世したとか、また他人が自分をどのように思っているとかが気にならない。自分が好きだと人のことが気にならないとはどういうことであろうか。好きな恋人のことを考えてみよう。恋愛がうまくいっているときである。そんなときに自分の恋人と他の女性とをいつも比較するであろうか。
 自分の恋人を他の女性と比較することはない。他の女性は素晴らしいが、それとは比較することのできないのが恋愛がうまくいっているときの恋人である。別の女性が自分の恋人よりスマートで美人であると認めている。しかしそれと自分の恋人とは関係ない。そのスマートで美人の女性は自分の恋人の価値を下げない。
 それと同じことが自分と自分の関係についても言える。自分が自分とうまくいっているときに、人は自分を他人と比較しない。つまり自分を偽って生きながら、自分と他人を比較しまいと努力しても無理である。自分を偽って生きれぱ、必ず人は自分と他人を強追的に比較するようになってしまう。どんなに〔比較しまい、比較しまい〕と頑張っても比較してしまう。しかし自分に正直に生きれぱ、自分と他人を比較する気にならない。



他人を批判するときは、ほめ言葉でやわらげる
人を動かすための手っ取り早くて確実な方法 (P.184)
(PHP研究所)

 早くから頼みごとのお膳立てのできる事例は少なくない。ここでは、はっきり決まったやり方はないので、それこそ創意が試される。指針を提供できるとすれば、・ただ頼んだ場合、相手がどんな否定的反応をするかを予測し、・二つの事柄が(お膳立てのことばと依頼行為が)無関係であるように見せる。要するにうまくやることだ。
 例をあげればもっとはっきりするだろう。職場の作業場から電動ドリルを借りたい。高価な道具だから頼んでもたぷん断られるだろう。一日か二日前に作業場に立ち寄る。雑談のなかでこう口にする。「工具類を大事にするのはとても大切なことだ、いい工具がどんなに貴重かたいていの人はわかっていない」と(自分はわかっていると匂わせながら)。ついに頼みを切り出すとき、この会話は相手の決定に影響をあたえるだろう。
 友達はあなたが長いドライプの末会いに来るのを望まない。途中で事故にあわないかと心配なのだ。電話で彼と話すとき、あなたは運転中の機敏なふるまいを話して、自分の運転への信頼感を巧みに育てる。「きのう無謀な車がいたの、まるであたしをわざと道路から押し出そうとしているみたいな。だけどぜんぜん平気だったわ。あんなに運動神経がいいなんてわれながらぴっくりよ」「夜の運転だってもう不安じゃなくなっちゃった」等々。ただし大切なのは、こうした言葉が効果をあげるには、彼に会いに行きたい気持ちとはまったく無関係と思わせなければならないことである。
 頼みごとをする必要にせまられた過去の場面を思い起こしてみよう。そこではどんな理由で断られると予想されたか? このテクニックはそのときたぶん役に立ったことだろう。


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