加藤諦三の言葉 第269回 [2006/09/19]

甘い話に乗ってしまう人。
「相手の心の『表とウラ』が見える心理学」「三笠書房」


 
 愛情のある家族の中で育てば、搾取的構えの人が「こいつを利用しよう」として近づいてきて甘いことを言っても、「何か違う」と感じて、その話には乗らない。しかし、愛情を体験したことのない人は、「何か違う」ということがわからないから、その甘い話に乗ってしまう。  人と接していて「この人達には何も誠意がない」と感じるのは、幼児期に誠意のある人と接した体験があるからである。愛された体験があって、はじめてそう 感じることが可能になる。  幼児期の体験は圧倒的である。だから誠意のない親が「よい親」を演じると、その時から本当に愛情のある人と、愛情のない人との区別ができなくなる。  社会の中で生きていくのには、「何となく違う」という感覚が大切なのである。本当に愛情のある人と幼児期に接するから、大人になってずるい人に接した時 に甘い話をされても、「この人達には何もない」と感じることができる。  誠意のない親が「よい親」を演じている時には何もない。しかし、「これが愛情だ」と教えられる。ノイローゼの親は、子供に「こう感じなさい」ということ を強制する。  味のないものを「これが甘い」と教えられれば、大人になって味のないものを食べた時に「これは甘い」と思う。幼児期に愛情を体験しなかった人がずるい人 に騙されるのは、これと同じである。  


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