加藤諦三の言葉 第264回 [2006/07/17]

「努力しても、努力しても、報われない人達」は、つき合っている人が悪い。 
「相手の心の『表とウラ』が見える心理学」「三笠書房」


   人は善意だけでは幸せになれない。
人の晩年を見ていると、つくづくそう思う。もちろん若くても同じである。善意の人だけれども、生きるのが辛くなっている人がいる。
老若男女を問わず、善意の人だけれども、なぜか不幸せになっていく人がいる。努力に努力を重ねて生きているのだけれども、一向に幸運が向いてこない人もいる。
 頑張って生きているが、坂道を転がり落ちていくような人生を送っている人もいる。
ことにもう先のない晩年の悲惨な姿を見ると、「この人は何のために、あれだけ頑張って生きてきたのだろう」と思ってしまう。
 しかし、そういう人をよーく観察してみると、「あー、やっぱり」と思うことがある。それは必ず周囲にずるい人がいるということである。
 そういう「努力しても、努力しても、報われない人達」は、つき合っている人が悪い。そういう報われない人は、質の悪い人間に、いつも利用されて生きているのである。
「何であの人がこうなるのか?」と疑問に思うが、よく周囲を観察すると、「あーやっぱり」となる。自分の立場をわきまえない、誠意のない人が周囲にゾロゾロといる。
 ずるい人は、「この人」と狙いをつけ、吸いついたらスッポンのように離れない。相手が倒れるまで吸いつく。ずるい人は、誰でも彼でも利用しようとするのではない。必ず「この人」と狙いをつける。
 ずるい人は、甘い汁を吸えない人には近づかない。だから、「俺は誰からも騙されていない」と得意になっている人も考えものである。ずるい人にとって利用価値がなかったからかもしれない。その人から得られるようなものが何もないから、ずるい人が近づかないのかもしれない。

 怠け者で、いつも人から何かをもらおうとしているような人に、ずるい人は近づかない。実は努力する性格そのものが、ずるい人にとっては甘い汁の源なのである。


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