加藤諦三の言葉 第25回 [2001/04/13]

ストレスから解放されるには、生きる目標をもつことである
辛さに耐える心理学 (P.96)
(PHP研究所)

 人と協力するということ、或いは人のために働くということ、それらのことは神経症者にとって損なことなのである。この様なことをしているときには時間とエネルギーの無駄をしているように感じて苛々する。
 人と協力するということ、或いは人のために働くということ、それらのことは、自分の心理的葛藤を解決してくれるように見える名誉とかお金とかの獲得となんら関係ないどころか、それらの物を獲得することの妨害になるように感じる。そこでその様なことをすると苛々するのである。
 しかしだからこそ生きることの真の喜びから遮断されてしまうのである。人と協力するということ、或いは人のために働くということ、それらのことが生きる目標になったときに初めて「眠れない」とか「食欲がない」とか「体の調子がおかしい」とかいうことから解放されるのである。
 学者ぶること、聖人ぶること、大物ぶることでそれらの人はどのようなことから逃避しようとしているのであろうか。大物ぶる人は大物ぶることでどのような感情を避けようとしているのであろうか。おそらく、自分は能力がない小心な人間であるという惨めな感情を味わうことを避けようとしているのであろう。



“仕事が大変だ”の裏に隠された気持ち
辛さに耐える心理学 (P.133)
(PHP研究所)

 会社の仕事であっても、主婦の仕事であっても、仕事はそんなに毎日けりがきちんとつくものではない。心理的に健康な人は仕事が途中でも休日は休日として楽しめる。しかしきちんとけりがついていない会社の仕事が気になって休日でも会社の仕事が頭からはなれないという人もいる。仕事を済ませてしまわないと不安でたまらないのである。とにかく仕事を済ませてしまわないと落ち着かない。いま自分がそのことで気を揉んでもどうなるものでもないと頭で分かっていながら、気が気でなくて気が休まらない。
 そのような人は休日に家にいても心理的に落ち着かないのである。例えばその日は相手の返事を待つしかなく、やる仕事がなくても彼らは会社に行っていた方が心理的に落ち着く。会社にいても家にいても遊んでいてもその日は同じであっても、会社にいた方が気持ちが落ち着く。会社にいても落ち着かないが、家にいたらなお落ち着かない。
 またひどい人になると、何もしないでいるということがつらくて疲れてしまうという人もいる。何かの事情で済んでいない仕事をそのままにしておかなければならない状態が続くと何もしないでも疲れてしまう。
 休日でも会社の仕事が頭からはなれない人はストレスが強くて、疲れやすく消耗が激しい。そのような人は「仕事が大変だ」と感じる。しかし仕事そのものが大変か、それともその人が万事きちんとけりをつけた状態でないと気が済まない人であるから「仕事が大変だ」と感じているかは分からない。



人生に甘えがあるから悲観的になるのである
辛さに耐える心理学 (P.140)
(PHP研究所)

 今している仕事が予定通りにはなかなか運ばないでいるとする。すると彼等は物凄いストレスを感じて夜も眠れなくなる。それは予定通り運ばないと大変なことになると彼等が思うからである。予定通り運んでいるかどうか上司に聞かれそうになるとする。それだけで会社を休む理由になる。
 仕事がストレスであるのではなく、その人が仕事にストレスを感じてしまうのである。それはその人が仕事がうまく行かないときに悲観的になっていることが根本的なことであろう。
 もし本当にそのようになるのならたいていの人はストレスで疲れてしまう。しかし普通の人はそんなに将来に対して悲観的になっていない。ストレスに満ちた環境があるからストレスを感じるのではなく、次々に悪いことが起きることを予想する性格が問題なのである。
 悲観的になるということと将来を厳しく見つめるということとは別である。悲観的になりながらも将来を甘く考える傾向のある人は多い。一方で悲観的になりながら他方で自分にだけは特別に安易な人生が予定されているような甘えを持つ。
 ただこの二つの傾向は矛盾するわけではないようである。つまり何故些細なことが物凄いことのように感じてしまうかと言えば、甘えがあるからである。自分にだけは特別に安易な人生が用意されていると期待するから、そうでないようなことが大事になるのである。


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