加藤諦三の言葉 第170回 [2004/05/05]

”愛情”を何と交換しているのか
「内づらと外づら」の心理
(P.241-P.243)

(三笠書房)

 不安に悩む大人の中には愛情と尊敬の違いがわからぬ人がいる。おそらく小さい頃「あるべき子供」であることと「愛情」を交換していた人であろう。その親は「あるがままの子供」としての自分の子供を愛したのではなく、「あるべき子供」としての自分の子供を愛したのである。それは残念ながら愛ではない。今「愛情」を交換した、と愛情にかっこをつけたのはその意味である。不安に悩む大人の中には愛情を経験することなしに生きてきた人がいる。したがって愛情を獲得する方法を間違える。「あるべき人間」と「愛情」は交換されるものではない。不安から名誉や尊敬を求める人は、不安は愛情によって解決されるということを知る必要があろう。「あるべき人間」と「愛情」とを交換してきた長い歴史と別れを告げることである。男女の性的関係をも含めて、人間関係から深い満足を得ることを妨げているのは、自分が優れていないからではなくて、優れていなければ相手にしてもらえないという間違った感じ方である。その感じ方を変えるためには自分の中の幼児性を処理することである。




心に強さと自信が生まれる生き方
無理しない人ほど強くなれる
(P.3-P.4-P.5-P.6)
(三笠書房)

 現在の自分に満足していない人は自分を偉く見せたがる。心が傷ついている人ほど自分を偉く見せたがる。いわゆる「こんなに素晴らしい私」の実現にこだわる。
 そして、つねに相手が自分をどう見ているのかを気にする。だからいつも気を張っていなければならない。
 これこそがストレスの原因である。「私はこんなに素晴らしい人間だ」と誇示することは、自分がつまらない人間であることを人に隠すための手段にすぎない。
 自分を素晴らしい人間だと思わせることに執着する人は「どうしても人に自分がくだらない人間だと気づかれたくない」のである。また「私はこんなに素晴らしい人間だ」と誇示することで、漠然と世の中や人生に復讐したいのである。人は心が傷つくと、ついついそんな人間になっていく。そして、このことは人間関係で決定的な意味を持つ。
 また、人は自分に自信があれば傷つかない。たとえば、小さく貧しい家に住んでいる人がいる。恋人に「私の友達の家、すごい豪邸よ」といわれても、その人に自信があれば傷つかない。この恋人はどんなことがあっても自分についてくるという自信があれば、「あー、そーかよ」ですんでしまう。「ふれあうこと」と「自信」とは鶏と卵なのである。そして、この二つこそが人生でストレスを和らげ、人生にやすらぎを与えてくれるのである。
 本文中でも紹介するが、゛Wellness Book"というストレスに関する本がアメリカで出版されている。その本の「ストレスを管理する」という項に四つCというのが出てくる。゛Control" ゙Challenge" ゙Commitment" ゙Closeness"である。
 その最後のC,゙Closeness"(親しさ)がストレスを和らげてくれるという。つまり、人と親しいつきあいがある人と、ない人では、同じ状況でも親しいつきあいのある人のほうがストレスにうまく対処できる。人にかかわっている人のほうが、ストレスに対処できるというのである。
 また、自信のある人は新しいことに゙Challenge"(挑戦)できる。こうして生きている人こそ、自分の人生を自分でコントロールしていけるのではないだろうか。



幸せになれる人は、“今の生活”の楽しみ方を知っている
無理しない人ほど強くなれる
(P.20)
(三笠書房)

 幸福な人はバランスを保っている。そういう人には、名声を得るよりも満ち足りた生活がある。「名声を得るための生活」と、「名声はなくとも心満ち足りた生活」のどちらかを選ばなければならないというときに、この「満ち足りた生活」を選ぶ。
 しかし、強迫的に名声を追求する人は、名声を得ること以外に満ち足りた生活がない。そこが幸せになれる人と決定的に違うのである。
 幸福な人は「今の落ち着いた生活を失っても名声が欲しいか?」という問にはっきりと「ノー」といえるものを持っている。ところが、強迫的に名声を追求する人には、犠牲にできない「今の落ち着いた生活」がない。
 強迫的に名声を追求する人は、生活の快適さということとは無縁である。秋には秋らしい服を着て、春には春らしい服を着て、疲れているときには着やすい服を着て、ゆったりと紅茶を飲んだりするなどということは喜びにはならない。
 むしろ、そんなことをしているを気持ちはあせるばかりである。それは、それらのことが自分の名誉を獲得するのに役に立たないからである。


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