加藤諦三の言葉 第139回 [2003/10/02]

ときにはこんな“借り”をつくるのも絆を強くする!
自分で自分を追い込むな (P.189-P.190)
(三笠書房)

 恥ずかしがりやの人は人に助けを求められないという特徴がある、とアメリカの心理学者のジンバルドーは言う。確かに恥ずかしがりやの人 は、小さなことを頼むのにも気が引けている。自分のことではなく、他人のことを頼むのにも気が引けてできないということが多い。もともと心理的にやんでいる人は、普通以上に気が引ける。それはいつも自分のやることが他人の迷惑になるのではないかと恐れるからである。他人に迷惑になることを頼んで嫌われるのが怖いのである。その結果、見捨てられることを恐れているのである。他人がそれほど頼まれることを迷惑とは感じていないことでも頼めない。それは他人が感じていることを正しく感じ取ることができないからである。つまり他人と心がふれあっていない。他人とコミュニケーションができないのである。対人恐怖症の人も、自分が他人にとって迷惑な存在ではないかと恐れている。自分がいると、会社の同僚に迷惑であるといって会社を辞める人がいる。自分の顔が同僚を不愉快にさせると、そればかり気にしている対人恐怖症の人もいる。つまりものを頼めないというのも、このような心理状態の延長であろう。頼めないのは、頼むことで相手の迷惑になることを恐れているのである。



自分でもてあます感情のほぐし方
自分に負けない生きかた (P.247-P.249)
(三笠書房)

 相手にいいように利用されながらも、その人に頼まれると、どうしてもノーと言えないという人がいる。そういう気の弱い人は、わかっていながらもずるい人に利用されてしまうのである。ずるい相手から弱さにつけこまれ、いいように扱われて、その扱われた後で一人になり不満になる。そして今度は断わろうと思っているのだが、いざその時になると、どうしてもノーと言えない。また一人になって前と同じように不満になる。
 そういう人は他人と会うと当然の自分の権利さえ主張できない。ずるさは弱さに敏感であるから、そのように気の弱い人は、ずるい人間に包囲されてしまう。そして他人のエゴイズムの犠牲になってしまう。
 なんだか知らないけど、まわりからこづきまわされて、疲れ切ってしまったように感じている人は多い。
 自分を大切にするから他人を大切にすることができるのだし、自分にとって嬉しいことがあるから、他人を喜ばせることもできるのだが、なぜかこのことがうまくいかない人がいるのである。
 抑圧され、傷つけられて、自己を喪失してしまった人こそ、この本を読む必要があるのです。そのような偽りの道徳家の圧力に屈して自己抑圧に自己抑圧をかさね、自己の内面に人生への願望を失ってしまった人に、勇気を与えてくれるのがこの本である。
 さらにひいては、自分自身であることを恐れる自分、あるがままの自分であることを恐れる自分、ついつい”もういいや”と妥協してしまう自分、世間の目に負けてしまう自分、もうなんとなく、どうにもならないと気落ちしている自分、八方ふさがりの中でもがいている自分・・・そんな自分に負けない生き方をこの本は示してくれる。



まず自分の心の弱点を知ることからはじめよう
自分に負けない生きかた (P.230)
(三笠書房)

 めったに理解されていないのですが、あらゆるトラブルを処理するにあたっての基本原則がひとつにあります。それは、状況全体をいかに変えることができるかわかったと思う前に、数分以上窮境について考えこまないことです。
 トラブルを処理する実習は、あなたを賢くします。あなたは、問題から逃げるのではなく対処することによって、問題を解決できるようになるのです。また、自分の悲しみに不平ばかり言っているのでは、自分自身のためにも人のためにもなりません。
 行動的な精神、忙しく動かしている手、閉ざされた口、これが奇跡を現出させるのです。一連の駒の動きを考え、それらを分析するのです。一連の動きをバラバラにしてみるのです。あなたがその弱点を暴かない限り、だれもそんなことしてくれません。


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