加藤諦三の言葉 第129回 [2003/07/23]

ノートとペンをもって自分を発見する旅にでてみる
自信 (P.187-P.188)
(三笠書房)

 よく何もする気にならない、という人がいる。 「自分が何をしたいんだか自分にもわからないんです」 「何かをしたいとは思うんですが、具体的に何をしたいのかわからない」 そういった声をよく聞く。 まず、われわれが知るべきは、人間の欲求とか望みとかいったものは複雑なものだ、ということである。必ずしも一〇〇%あることを望まないというのでもない。また自分自身の中に、あることを一方で望み、また他方でそれを拒否する傾向がある。それなのに、自分がやりたいことは何か、と考える時、100%やりたいことをさがしている。だからやりたいことがみつからないのである。ジョギングをしたい、だけどめんどくさい。テニスをしたい、だけど気の合った仲間とでなければやりたくない。従って、やりたいようでもあるが、よくよく考えるとやりたくない、ということはたくさんあるはずである。そこで、何をやりたいのか、をさがす時、“よくよく考える”ということをとりあえずやめることである。そして、まずペンとノートを用意する。時計の針を見ていて、ちょうど区切りのよいところにきたら、何でもいいから、今、やりたいことをどんどん書いていくことである。




問題なのは“失敗”そのものより“失敗にくじける自分”である
自信 (P.194-P.195)
(三笠書房)

 イライラしたり憂鬱になったりするのは、エネルギーが足りないのではなく、エネルギーを使わなくてたまっているからだ、と考えなければならない。坐ってテレビを見ているからやる気がなくなるので、やる気がないからテレビを見ていると思わないことである。とにかく身体を動かさなければならない。リストの中に、爽快な朝をむかえたい、と書いてあれば、会社の帰りに一時間歩いて帰ってきてもよい。途中で下車して、一時間歩いてから電車に乗ってもよい。食欲がない、おいしく食事をしたい、と書いてあれば、歩くなり体操をすることだ。まず姿勢を正しくして歩くこと、身体のかまえを直すことである。身体のかまえがダラーンとして前かがみであるのを直すこと、そんな単純なことでよい。息を思いきり吸って肩をあげて、息を止める。そして次に一気に力をぬいて身体を楽にする。ガタンと肩をおとす。そんなことを十回やるだけでよい。首をゴリゴリとまわす。坐って悩んでいるだけでは、いよいよ悩みは大きくなる。坐って悩んでいると本人は悩みを解決しようとしていても、悩みは大きくなるだけなのである。二時間一人で坐って悩んでいても、悩みは大きくなり、いよいよ解決不可能にみえ、カロリーの方はあまり使われず、不健康になる。それよりも柔軟体操をやる方が、はるかに悩みの解決になる。悩みを大きくしているのは環境ではなく、自分自身なのである。まずその自分を変えることが第一歩である。たった一回の失敗でくじけてしまう自分を変えることが大切なのである。失敗が問題なのではなく、失敗にくじけてしまう自分が問題なのである。




ささやかなことからまず第一歩を踏みだす
自信 (P.199-P.200)
(三笠書房)

 自分の生活で変えられるところは、今日ただ今から変えることである。ただ漠然と人に会っていた人は、これからは、この人から何か新しい発見をしようと思って人に会うことである。あるいは人名録のようなものを買ってきて、テレビの座談会や、新聞の評論を読む時、これはどんな人か、と調べてみるのでもよい。このようなことを述べると、そんな偏見をもって見たくない、という人もいるだろう。たしかにそうした点はある。しかし、今までそのように物事を否定的な面からのみ見てきたからこそ、いったい自分は真に何をしたいのかわからなくなってしまったのではなかろうか。物事には100%よくて100%わるいというようなことは珍しい。従って、わるい点を見つけていけば、どんなことでもたいていはやめる理由は見つかる。今までそのようにしていろいろなことをやってきたのではなかろうか。これからはわるい点があってもよい点があるなら、そんなことは実行してみることも大切である。人間の長所や欠点だって同じであろう。ある状態での長所は、別の状態では欠点にもなる。乱世の英雄は平和の統治者として適性があるとは限らない。乱世の英雄を見て、「ああいうタイプは世の中が治まると困り者だよ」というような見方をする人もいる。どのような時にも、他人を否定的な面から見ようとする人である。このような人の見方をしていれば、自分はいったい何を心の底から望んでいるのか、いつかはわからなくなってくる。それよりも、乱世で使いものにならない人を見ても、「この人だって、世の中が変われば立派に役に立つ人なんだ」という見方をした方がよい。人に会ったら、何かを発見しようとするということは、そのように視点を変えて人に会ってみるということでもある。



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