加藤諦三の言葉 第12回 [2000/11/21]

自信を失った人は自分に欠けているものが人に好かれる条件のように感じる
やせる生き方、太る生き方 (P.40)
(PHP研究所)

 いったん心の中に定着した自己否定的イメージは、その人に何があっても自分はつまらぬ人間だという感じ方を押しつけます。したがって痩せなければ人に気に入られないと思いこみ、大変仕ストレスに苦しみます。自分が自分に課した[痩せなければならない]という重圧感で喘ぐことになります。痩せなければ人の期待に添えないと一人で勝手に思いこみます。痩せなければ人に気に入られないと思いこんでいるのです。
 太っていてもあなたは素晴らしいと人が言っても、何度言っても、やはり痩せなければ自分は人に気に入られないと思いこんでいます。自信を失った人は、自分に欠けているものが人に気に入られる条件のように感じてしまいます。人は自己イメージに合うものにしか耳を傾けないというのはその通りなのです。
 自分の基本的な心理的立場を変更することは容易ではありません。小さいころ自分は痩せていなければ人から相手にしてもらえないという自己イメージを持ってしまった人がいます。そういう人は、大人になっても痩せていることなしには自分は他人から相手にしてもらえないと思いこんでいます。太っている自分でも人に好きになってもらえるというようにはなかなか思えません。



自分の嫌いなことで成功した人は不幸である
やせる生き方、太る生き方 (P.55)
(PHP研究所)

 痩せたいと無理なダイエットをする人も、人から素晴らしいと言われるための体型になるために苦労しているのではないでしょうか。
 この本の始めのほうにすでに書いたごとく、ダイエットにはほとんどの人が失敗します。ことに自然の体重より痩せようとする努力は失敗します。しかし[もし]ダイエットに成功したらどうなるでしょうか。おそらくこれまた大変不幸になるでしょう。私は三十代のころ、自分の嫌いなことで成功した人は最も不幸であるという趣旨の言葉をどこかで読みました。その通りでしょう。自分の嫌いな分野で成功した人は、いつも自分でない自分を演じていなければならないからです。
 この言葉はダイエットに成功した人にも当てはまるのではないでしょうか。自分の自然の体重ではなく、自分が無理につくった体重で生きる−−それはもしかしたらその人の願う「理想の体重」に近いかもしれません。しかしそれはあくまでも人に見せる体重です。
 私の父は大学教授でした。当然収入はそれほど多くはありません。にもかかわらず、自分の収入に応じた小さな家が作れませんでした。そのような自分の収入に応じた小さな家に住むことができませんでした。そのような小さな家に住むことを、自分の神経症的自尊心が許さなかったのです。
 さて太っていることで悩んでいる人は、私の父親の話を読むとどこかおかしいと思うかもしれません。しかし太っていると悩んでいる人も、心理的には同じようなことなのかもしれないのです。つまり私の父親と同じように、成長に伴って解決しなければならない心理的間題を解決できないで大人になってしまったのです。



心理的に成長した人は太っていることを悩みの原因にしない
やせる生き方、太る生き方 (P.66)
(PHP研究所)

 太っていると悩んで無理なダイエットをしている人は、太っているということを[自分自身]がどう感じているかと本気で反省したことがあるでしょうか。おそらく本気で[自分自身]がどう感じているかを意識したことはないのではないでしょうか。
 世間の人たちがあまり格好良くないと言っているから、太りすぎている自分は見苦しいと思っているだけで、太っていることについて[自分]はどう感じているか、という感じ対する失望は小さいころ十分に愛されなかったことに原因があります。「もっと痩せたい」と言っている人は「もっと愛して」と言っているのです。
 非現実的なほど理想の体重になろうとすることで、彼女たちはどんな感情を味わうことを避けようとしているのでしょうか。なんの理由もなく突然非現実的なほど素晴らしく痩せたいという期待が出てくるわけではないはずです。非現実的なはど素晴らしく痩せている自分になろうとするにはそれなりの理由があるのです。それが彼女の無意識にある感情です。無意識にあるその感情を意識にあげないために、理想的体重になる必要があるのです。
 どうしても自分はこうなければならないというのが理想的体重であり、すらりと痩せた自分です。その彼女の無意識にある感情とは[自分への失望感]です。彼女たちは無意識の領域で実際の自分を憎んでいるのです。
 今のままの太った自分で素晴らしいのだと理解できたときに、自然と体重に関する理想は下げられます。痩せていなくても自分は愛されるし、価値ある存在だと気がつけば心も落ち着きます。彼女たちもまず初めに非現実的なはど高い望みがあったわけではないはずです。


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