加藤諦三の言葉 第11回 [2000/11/16]

心を大切にする人は人生に無駄がない
まじめさが報われるための心理学 (P.138)
(PHP研究所)

 些細なことが予想したように順調に進まないと、途端に心理的パニックに陥る人がいる。形ばかりを大切にして、心がないからである。物事が「予想したように順調に進まない」というのは、外側から見た形が「予想したように順調に進まない」ということである。
 形だけで心のない人は無駄を恐れる。心のある人には人生に無駄はない。心のある人には、そのことをする過程もまた人生なのである。
 心を大切にする人は物事の過程を大切にする。しかし形にとらわれて他のことが見えない人は、結果しかない。したがって予想したように順調に物事が進まないとすべてが無駄に感じるのである。「せっかく、こんなに、努力したのに」と悔しがる。
 そういう人が持っている要求というのは神経症的要求なのであろう。ものごとは「こうならなければいけない」と思っている。こうなる「べき」だと思っている。ところが現実にはそのようにならない。すると大変なことになったように感じる。
 自分の今の生活全体の中では、そのことがうまくいこうが失敗しようがたいしたことではない、些細なことである。にもかかわらず、もう自分の人生がいきづまったかのごとく感じてしまう人がいる。しかしこうならなかったことはこうならなかったことなのである。



失敗から学ぶ姿勢が人間を大きくする
まじめさが報われるための心理学 (P.174)
(PHP研究所)

 何かで失敗したときに、まず「よかった」と思うことである。その失敗はあくまでも小さな戦闘の敗退に過ぎない。その失敗から学ぶことがなければ大きな戦争に負けたかもしれないのである。そしてその失敗を後から考えて「よかった!」ことにするかどうかはその失敗に対するその人の態度である。
 過程を大切にする心理にとって、人生に失敗はない。すべての失敗は成功への過程である。次に同じ失敗をしないための財産である。ここで失敗をしたおかげで、もっと重要な時期に失敗しないで済んだと解釈する。大切なのは失敗の中にある肯定的な面に注意を向けることである。そして活動を続けることである。
 すでに失敗してしまったのに、それにさからっている人がいる。「なんで失敗したのだ」と怒り嘆いている。失敗したという事実にさからったがために失敗を物凄いことにしてしまうのである。「さからった瞬間、トラブルは巨大な敵になってしまう」。
 あるビジネスマンが重要な会合を前にして病気になってしまった。重要な人から夕食に招かれていたのである。普通のビジネスマンなら「何でこんな重要なときに病気になるのだ」と嘆いて悔しがるところである。しかしそのビジネスマンは病気の中で考えた。「この病気を何とか利用できないか?」。
 そこで彼は食事の最初にだけ顔を出すことにした。「病気でも来た」。これが相手にアピールするのではないかと考えたのである。そして彼は熱をおして出かけていって、顔だけ出して帰った。
 それが相手にどう感じ取られたかは分からない。しかしとにかく重要なのは彼の「この病気を利用しよう」という姿勢である。



自分の基準に従って行動する人が心理的自律を果たしている
まじめさが報われるための心理学 (P.174)
(PHP研究所)

 相手の言うことにしたがっているほうが心理的には楽である。従順というのは心理的に楽である。世間とか、前例とか、あの人が言うからとか、自分のすることや言うことの基準を自分の外に求めるほうが心理的に楽である。心理的に楽というのは、心の重荷がないということである。
 何をするか、それをどこまでするか、それらを自分の内面の基準にしたがって決めるということは心の負担である。大変なストレスになる。前例にしたがって決めるというときには、前例が自分を支えてくれる。「あの人が言ったから」決めるというのは、「あの人が言ったこと」が自分の心を支えてくれるということである。
 心の負担が重いか、軽いかということは、自分のすることを何が支えてくれるかという問題である。何を、どこまでするかというときに、自分の内面の基準にしたがって、他人を説得するということが心の負担になる。自分の内面の基準にしたがって、自分のすることに自信をもって他人に向き合えるか向き合えないか、それが心理的自律性の間題である。


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