加藤諦三の言葉 第109回 [2003/03/08]

こんな“言い訳”は心の危険信号
「愛する能力」と「楽しむ能力」 (P.84-P.85)
(三笠書房)

 母親固着により抑圧が起きる。近親相姦的固着はほとんどの場合、なんらかの形で合理化される。典型的なのが親孝行であろう。義務とか美徳とかいうことで、この近親相姦的願望は合理化される。もちろん本当の親孝行はある。しかし、母親固着から解放されない者にとって、親孝行ほど自分の近親相姦的願望を合理化するのに都合のいい「美徳」はない。親を恐れるがゆえ独立できず、成長できないことを、親孝行と言い訳できる。それでは、本当の親孝行とは、どのような心理状態であれば可能なのであろうか。大切な人が自分に対してどのような態度をとるかということに自分の幸せが依存しなくなった時にはじめて、本当にその人の幸せを考えてあげられるようになる。そうなった時にはじめて本当の思いやりが出てくる。こう考えると、「親孝行」と「親から心理的乳離れができていないこと」の違いがわかるのではなかろうか。親から心理的乳離れができていない時には、親が自分を誉めてくるか、批判するかに自分の幸せがかかってしまっている。親に誉められれば嬉しいし、けなされれば悲しい。親に誉められれば有頂天になり、けなされれば落ち込む。そうなると、親を喜ばそうとして心にもないことをいったり、自分でない自分を演じたりする。



心の支えを自分以外の何かに依存してしまうと
「愛する能力」と「楽しむ能力」 (P.84-P.85)
(三笠書房)

 ところで、いかなる子供にも近親相姦的衝動が発見できるというフロイトの考えは、完全に正しいとフロムはいう。「母なる人やそれと等価値のもの ― 血縁や家族や種族 ― に結合したいという傾斜は、全ての男女に内在している。それと正反対の傾斜 ― 誕生し、前進し、成長する傾斜と絶えず葛藤する」 (『悪について』)先にも書いた通り、日本のビジネスマンの場合はそれが会社である。ある会社のトップセールスマンが、会社が倒産した時、自殺した。責任感の強い真面目な社員であったという。おそらく彼は、会社の倒産で基本的な心の支えを失ったのであろう。彼にとっておそらく会社は「母なるもの」であったのである。彼の近親相姦願望を満たすものが会社であったに違いない。だからこそ日本のビジネスマンは、飲み屋であれだけ会社や上司の悪口をいいながらも、会社をやめられないのである。フロムは「母親固着という牢獄につながれている」と表現しているが、日本のビジネスマンは会社という牢獄につながれている。そして、この近親相姦願望を抑圧すると、その反動形成として極端なまでに「独立、自立」を声高に主張する。



愛する苦しみ愛されない不安をどうするか
「愛する能力」と「楽しむ能力」 (P.89-P.90)
(三笠書房)

 過度の配慮というのは相手のためになると思っていても、そのことをいえない。また加害恐怖の人が恐れているほど、相手は傷つきやすくはない。もともと加害恐怖の人は普通の人よりも傷つきやすい。そこで自分の言葉で相手をひどく傷つけるような気持ちになるが、実際相手は傷ついていないということのほうが多い。さらに攻撃性の抑圧は、その人の愛する能力の最大の障害となるであろう。自己執着的配慮という言葉がある。それは一見、相手に対する配慮のように見えるが、実は本当のところは自己の挫折に対する配慮である。私にいわせれば、自己執着的配慮とは自分を守ためにする配慮である。他人から拒絶されることが自分にとっては耐えられない。他人から拒絶されることは自分の挫折につながる。そこで、他人に受け入れられようとして過度の配慮をする。うこと」をはじめとして、「いつも相手の気持ちを恐れてびくびくしていること」まで含まれる。とにかく加害恐怖は、何をいうのでも、それが相手を傷つけないかと恐れていることである。


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