加藤諦三の言葉 第105回 [2003/02/08]

いまできることを懸命にしているか
「思いこみ」の心理 (P.49)
(三笠書房)

 ある大学生の話である。卒業期に、第三者から見ると適当な企業に採用された。しかし彼はそこに就職しなかった。あんな程度の低いところにはいけないといって断わった。そして彼は、司法試験か外交官試験を受けるといった。しかし受験勉強はせず、毎日ぶらぶらしているだけで留年を重ねていた。心理的に健康な人から見ると、なんでそのように非現実的なほど高い期待を自分に課するのかと、不思議に思う。なんでそんなに非現実的なほど高い期待をかけて自分を苦しめるのか、不思議である。だから周囲の人は、悩んでいる人を見て、もっと自分への要求水準を下げるように忠告する。しかし彼らは、自分への要求水準を下げられない。それは彼らが、その非現実的なほど高い期待によって、自分の心の葛藤を解決しようとしているからである。



どういう自分であれば幸せなのか
「思いこみ」の心理 (P.59-P.60)
(三笠書房)

 完全主義は心理的過食症である。食べても食べても、もっと食べないではいられないというのが過食症である。心理的過食症の人は、得ても得てももっと得なければいられない。それは向上心とは違う。向上心には不安が伴わない。心理的過食症の人はいつも不安なのである。そして依存心が強い。自分がいま素晴らしい生活をしているというのでは、満足できない。自分が素晴らしい生活をしているということを、人に知ってもらわなければならない。また自分が素晴らしい生活をしているというより、人より素晴らしい生活をしているということが大切になってくる。つまり、自分の人生に意味を与えるものは自分ではなく、他人なのである。そのような人は、誰も見ていないところで何をしても意味を感じない。そこで行なわれることは、すべて他人が見るときのための手段でしかない。他人に自分をよりよく見せるための準備期間でしかない。



80パーセントの幸せがちょうどいい
「思いこみ」の心理 (P.61-P.62)
(三笠書房)

 何かをしたとき、その八〇%で満足できるということは、心理的安定を示している。たとえば一〇〇人のために何かをしたとする。そのとき八〇人の人に満足してもらえば、それでその企画は成功したと考えられる人と、そうでない人がいる。満足していない残りの人に気を奪われる人は、イライラする。ある企画を立てて、一〇〇人全員が満足しないと不満である人は、押しつけがましい人でもある。どんな企画を立てても、全員が喜ぶわけではない。参加者一人一人を個人として尊重する人は、むしろ八〇人の人が喜んでくれたことに成功を感じる。ある企画を立てて、人々の参加を募り皆に喜んでもらおうとして努力しても、決して皆が喜んでくれるわけではない。もし皆が喜んでくれないことに腹を立てる人がいれば、いま述べたごとく、その人は押しつけがましい人である。どんなに素晴らしい企画であっても、またその実現のための努力を惜しまないとしても、やはり不満な人は不満なのである。このように押しつけがましい人が、向上心があるわけではない。むしろ依存心が強い人なのである。自分が立てた企画に参加した人全員に喜んでもらわなければ気に入らないというと、まるで完全をめざしている立派な人のように思えるが、決してそんなことはない。


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