カレン・ホルナイは神経症的競走は普通の競走と次の三つの点で違っているという。今回はその「1」を考えたい。
その「1」は、「神経症者は常に人と自分を対立した者と思う」である。要するに神経症的競走をする人はいつも人と張り合っている。
現実に利害が対立しているわけでもないのに、神経症者は物凄い対抗意識を持つ。何ら現実に対抗しているのではないのに、強い対抗意識を持つ。
現実に利害が対立した時には心理的に健康な人もあらそう。しかし神経症的競走は現実の利害対立なしに競走することである。学者でも自分と利害が対立していない文化人の悪口をしきりに言う人が入る。
では何でそんなに人と張り合うか。心理的に健康な人には張り合う理由がわからないほど張り合う。それは神経症者が自分の目的が分かっていないからである。それは人と心が触れ合っていないから自分の価値を感じられないからである。
「なぜ、そんなに他人のことが気になるのか。その理由の一つは、要するに自分に自信がなく、視野が狭いのである。自分の人生、自分の生活に、それ自体としての価値が見いだせずに、身近な他人との比較においてのみ考えようとするからである。」(註:詫摩武俊、嫉妬の心理学、光文社、70頁。)
そして神経症者は目の前のもので張り合っている。それが視野の狭さである。カメがウサギを意識したらカメはウサギと競走しないだろう。山登りの競走でウサギに勝ったカメはウサギではなく、山の頂上を見ていたのである。
神経症者は、いつも誰が「より」知的であるか、誰が「より」魅力的であるか、誰が「より」人気があるか、等を気にしていると言う。