神経症者と心理的に健康な人

神経症について色々と話をしてきた。この説明をしながら私が思い出したのは論語の「『子曰、君子求諸己、小人求諸人』。子の曰わく、君子は諸れを己れに求む。小人は諸れを人に求む」である。
 
小人は常に、これをして、あれをしてと人に求める。それゆえに常に自分の心に不満を持っている。あの人は自分に「あーしてくれない」、この人は自分に「こーしてくれない」と不満である。いつも他人にとてつもない要求をしているから、それが通らないで不満になる。その不満の結果いつもいつも、人をうらやましく見ている。
 
それに対し、君子は、全てを自分に求める。その重荷を背負うことで自分を磨いている。神経症型の人は「諸れを己れに求めて」得られず、不満になり、最後には、自分の人生に「魔法の杖」を求める。神経症型の人は自分の人生を安楽にする魔法の杖を求める。そして「魔法の杖」でないものを「魔法の杖」とおもうことでまた悲劇が生じる。
 
神経症型の人は何時も「魔法の杖」を捜しているからだまされ易い。例えばうまい話にごまかされるのは神経症型の人が多い。「努力しないで出世する方法」や、うまい儲け話にすぐに乗る。例えば「必ず上がる株」を求める。すると「必ず上がる株」の話を持ってくる人に騙される。株を買えば自分も他人と同じように損をする可能性があるということを認められない。そこで下がっても「必ず上がる」と信じて、売れない。そしてさらに傷を深くする。あるいは損をして証券会社に煩く電話する。
 
また何もしないのに「貴方は当選しました、貴方が選ばれました、おめでとう」などという馬鹿な手紙が舞い込む。そんな馬鹿な話はない。しかしそれを信じて、そこに書いてある通りお金を払い込む。そして騙される。
 
あるいは、自分に都合のいいことを言う異性を信じる。男に都合いいことを言う女など信じられない。しかし神経症的男性は、そういう女を信じる。そうした不誠実な女を「魔法の杖」と思い込む。そして一生を棒にふる男性もいる。逆もまた同じである。「男に騙された」と騒ぐ女もたいてい神経症型の人である。こうして神経症的男も神経症的女も最後には社会的に挫折していく。
 
とにかくすべてが不満なときに、「まてよ、俺は周囲に神経症的要求をしているのではないかな?」と反省できる人は、立ち直る。しかしこの反省がなく、不満なまま「世の中は、けしからん!」と突っ走ると最後には社会的に挫折していく。

神経症型の人は「毎日少しずつよくなること」を待てない。だから魔法の杖を期待するのである。心理的に健康な人は何事においても「いくらかでもよくなること」で満足する。「急に完全によくなろう」ということを期待しない。今日少し悪くなっても、明日また少しよくなることがあればそれで満足する。
 
神経症型の人は何でも「すぐによくなる」ことを要求する。この薬を飲めば「スパットよくなる」ことを期待する。神経症型の人は病気ばかりではなく、他の領域についても「すぐ」に成果があがることを期待する。例えば神経症型のビジネスマンはこの企画で一発当てて一気に社内の注目を集めようとする。
 
何事も一気には良くならない。例えばくよくよする性格等も同じである。だからくよくよする性格を治そうと思いつつ、くよくよしてもいいのである。「まえよりも少しだけどもくよくよしなくなった」と思えれば、それでいいのである。一気にくよくよしなくなろうとするのが焦りの心理である。
 
先に書いた様に性格、病気、仕事に限らず「目標は、毎日少しずつよくなること」である。ところがこれが神経症型の人にはなかなか出来ない。日々の生活に満足がなく、心に焦りがあるからである。日々のしていることに達成感がないから、毎日心理的に追われている。
 
神経症型の人は自分自身の目標がないから焦るのである。ある人がキャベツをうえたとなると自分もキャベツを作ろうとする。別の人が釣りに行ったというと自分も釣りに行こうとする。自分自身の目標がないとこの様にいつも不安定である。
 
あいつが土地で儲けたと聞いては銀行から借金をしても土地を買おうとし、あいつがゴルフ会員権で儲けたと聞いてはゴルフ会員権を買おうとしたのがバブル経済の時代である。そしてバブル経済の崩壊と共に借金を抱えた。これが神経症型の人の生き方である。
 
あいつが株で儲けたと聞いて株を買おうとする生活をあらためないで焦りの心理をなくそうとしても無理である。そうした生き方からは日々の生活の満足はない。

今の若い女の人を見ていて、「これなら子育てでノイローゼになるわ」と思うことがよくある。とにかく自分からは何もしない。何か人がしてくれることをじっと待っている。どうして、自分から何かをしようとしないのだろうと不思議になるほど、何もしない。とにかく何から何まで人がしてくれることを待っている。
 
そして人が何かをしてくれなければ不満そうにしている。「これほど人から何かをしてもらうことばかりを当然のことのように要求している人が、突然何から何までしてもらわなければ生きていけない赤ん坊がそばにきたら、ノイローゼになるわ」と思う。