神経症的競走をする人は、仕事ばかりではない。結婚を間違えた時に間違えたと認めることが出来ない。例えば学生時代の仲間が幸せな結婚生活をしているのが悔しい。その人と昔から張り合っていた。それなのに自分は結婚相手を間違えて、不幸であると認めることは悔しい。いわゆる甘いレモンと言われるものである。レモンは本当は酸っぱい、でも酸っぱいと認めない。
しかし結婚を間違えた時に間違えたと認めることができる人だけがその後の人生で充実した愛の生活を送ることができる。
結婚が間違っていたと認めることは、人と張り合っていなくても深い絶望を生きることを意味する。しかし実際に間違った結婚生活をしながらも結婚なんてこんなものさと失敗を認めない人と違って新しい出発が出来る。もちろん人を意識しなくても心の底には絶望がこびり付いていることには変わりはないだろうが。