人を育てる 第76回 [2004/06/10]

 母親が憎いから殺した

 この岡山県の母親を金属バットで殺した17歳の少年について、テレビは高校の卒業旅行に行って懐かしい北海道
を目指して自転車をこいだと言っている。しかしおそらくそうではない。
 北海道が懐かしいから行こうというのではなく、今この事件を忘れるためにひたすらに走ったのであろう。忘れる
ために遠い目的を掲げて走るだけである。自転車をこいでいる間は事件を忘れていられる。たまたま高校時代に行っ
て北海道が遠いところにあると言うことを知っていた。決して懐かしいわけではない。
 死ぬことも警察に行くことも出来ないで、自分が自分をどうにも出来ない。やった後の自分の身の始末が出来ない
。うずくまっていることも出来ない。だからペダルをこぎ続けたのである。真剣に走ったのは忘れるためだからであ
る。懐かしい思い出の地だからと言うことはあり得ない。
 彼は逃げたのではなく、身の始末が出来ないから自転車で走り続けたのである。
 誰かが自分をどうにかして欲しいのだ。だから警察に捕まって素直に取り調べに応じているのである。捕まってほ
っとしているに違いない。だからすぐに容疑を認めたし、身元もすぐに認めたのである。
 少年が言っているという、母親を悲しませたくないと言うのは嘘であろう。そんな子なら母親を殺さない。つまり
北海道が懐かしいとか、母親を悲しませたくないとか言う様な気持のある子供なら母親を殺さない。そういう心をも
てない子供だから母親を殺したのである。母親が悲しむから殺したのではなく、憎いから殺したのである。
 彼は一人っ子である。もし母親がこの子を可愛いと思っていたら、遊びたい時期にそんな家の手伝いをさせるだろ
うか。
 私もこの時期に家の手伝いをした。おそらくこの子よりもはるかに家の手伝いをした。あさから夜まで働いた。そ
れは父親も母親も自分の心の葛藤で精一杯で私のことなど考える余裕がなかったからである。



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加藤諦三、加藤諦三研究室