人を育てる 第48回 [2003/09/15]

 人は自分のすることが価値があると感じたときに動く。

 結婚したいのだが、なかなか結婚できないOLがいた。別に家事が不得意というのではない。むしろ逆で、その様な教育には熱心な母親に育てられていた。しかしなかなか彼女と結婚しようと言う男性が現れない。
 そのOLが、ある時に会社でお客さんにお茶を入れようとした。そのお客さんは彼女が気に入っていた。そこで上司が「○○さんはあなたが気に入っているから、あなたがお茶を入れると、喜ぶわよ」と言った。
 そのOLはその言葉を聞いた時にはじめて「お茶を入れる喜びを感じた」という。それ以後そのOLは誰が来ても喜んでお茶を入れるようになった。彼女はそれまでいやいやながらお茶を入れていた。あるいはお茶を入れるべきだから入れていた。
 彼女は小さい頃から母親に「お茶も入れられなければ、お嫁にいけないわよ」と言われて育ったという。一度も「あなたがお茶を入れると、○○さん喜ぶわよ」といった類のことは聞いたことがないと言う。
 お茶を入れるのは一例である。彼女は小さい頃からいつも、何かにつけて、それをしないと「お嫁にいけないわよ」と言われて教育されてきた。母親は娘を教育しているつもりかも知れないが、教育にはなっていない。そしていやいやながらお茶を入れる女性と結婚したいと多くの男性は思わない。多くの男性はお茶を入れる人の心の優しさを求めているのであるから。そこで妻としての教育や母親としての教育は受けているのに結婚したいという男性が現れないのである。
 人は自分のすることが価値があると感じたときに動く。それなのに多くの母親は「お嫁にいけないわよ」と言う脅しによって娘を教育しようとしている。
 もしこの女性が小さい頃、「あなたがお茶を入れると、お父さん、美味しい、美味しいって、喜ぶわよー」と言って教育されたら違っていたろう。何が違っていたかというと自己評価である。彼女は自分のする事に誇りを持てたのである。自分に自信が出来るから人に優しくなれる。
 私は彼女に小さい頃病気になったときのことを聞いてみた。母親は彼女の額に手を当てたことがないと言う。母親はすぐに体温計を出したという。つまりこの母親は子供の額に手を当てて子供に熱があるかどうかを判断できない。子供を感覚で分かるようになるときに子供は愛されていると感じるのである。



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加藤諦三、加藤諦三研究室